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〝「戒壇の大御本尊」に対し奉る誹謗を破す〟との誣言を破折す5

次に汝は、昭和五十三年一月十九日、活動家僧侶が総本山に集まった際の日達上人のお言葉を引いている。
この時日達上人に厳しい御発言があったとしても、日達上人は当時、創価学会をただちに潰そうとされたのではなく、創価学会を反省させ、善導しようとされたのである。

それは、創価学会問題が一往の終結をみた後の昭和五十四年五月二十九日の、日達上人の次の御指南からも明らかである。

「今まで学会の悪いところを指摘し、そして学会と戦ってきた若い人達も立派なものです。そうかといって、黙って、口には出さないけれども心に留めて、そういう学会の人々の悪いところを直していこうとしておる人も有るのであります。それを一概に、風見鶏だとかと悪口を言い、あるいはまた、こうなったらすぐ学会におべっかを使うとかと、そういう考えでは宗門はやっていかれません。そういう僧侶達が出たということは情けないことだと思います。どうか宗門を守る以上、宗務院・本山・内事部に皆一体となって、相談してやって頂きたいと思います。」(大日蓮昭和五十四年七月号六七頁)

このように日達上人は、けっして学会を撲滅しようとされたのではなく、活動家であってもなくても、宗内の僧侶一同を包容され、宗門が宗務院・本山・内事部を中心に、一体となるよう御指南されていたのである。

さらに汝は、昭和五十三年二月五日の「宗学友人会」なる学会内部の会合において、

「人が変わればまた変わると思う。新しい人が台頭していただいて、先は明かるいと思う。一番心配しているのは、阿部さんではないか」

という池田大作の発言があったとして、池田大作が、
〝細井管長の退座〟
を望み、また
〝阿部教学部長への期待をにじませてい〟
たのであるとしている。

しかしこの宗学友人会などというのは、学会が勝手に作ったものであり、そこで池田が何を言おうと、それは単なる放言にすぎない。

ここで汝は、当時の日顕上人が、

〝細井管長の不興を買って閉塞状態にあり〟

などというが、日顕上人は日達上人の御意志を体して事に当たっておられたことは当然である。

また汝は

〝次期法主の芽は消えていた〟

というが、日達上人が日顕上人を後継者と考えておられたことは、先に紹介した証言からも当然のことであり、日達上人が日顕上人に御相承されるお気持ちは不動のものであられた。

〝次期法主の芽は消えていた〟

などという汝の言は、先の証言により消し飛ぶのである。

また汝は、

〝汝は時事懇談会の翌日、学会本部近くの料亭「光亭」で池田と会い、細井管長と活動家僧侶の動向を報告しているではないか〟

としている。

しかしこの日の会談は、当時の早瀬日慈総監と阿部教学部長が、日達上人の御意を体して池田に会われ、前日の時事懇談会の内容を説明するとともに、池田および創価学会の反省を促されたものである。
汝がいう如き

〝細井管長と活動家僧侶の動向を報告し〟

たものなどではない。

そして汝は、

〝このような当時の状況を見れば、「Gは話にならない」が汝の発言であることは一点の疑いもない〟

などという。

しかし、これがまったくの虚言であることは明らかである。
なぜなら、日達上人は深い御慈悲の上から学会を善導しようとされたのであるが、活動家僧侶は学会を撲滅しようとしていた。
そのような中から、日達上人に批判的な言動をなした活動家僧侶が実在していたことは、先に紹介した佐藤せい子氏の証言等からも明らかである。

「河辺メモ」における「Gは話にならない」との記述は、かかる活動家僧侶の言を記したものであって、日顕上人のお言葉でないことは一点の疑いもないのである。

また汝は

〝しかるに「間違いなく活動家僧侶(後の正信会)の発言である」などと見えすいた嘘をつくのは、汝にとってもう一つの重大問題を隠すためである。それは──「相承疑惑」である〟

などと、無慚の言をなす。
しかし、日達上人が日顕上人を後継者と決定され、昭和五十三年四月十五日、血脈を内付せられていたことは、既に述べた。
しかもかつて汝は、

「かくて日道上人・日行上人・日時上人・日阿上人・日影上人・日有上人と、本門戒壇の大御本尊を付嘱の法体として代を重ねること六十七、清浄の法水はいささかも断絶することなく今日に至っている。これが正系門家・富士大石寺の伝統である。」(富士昭和六十一年十一月号『叱呵痴犬抄』二頁)

「ここで、正信会が問題にした阿部管長の相承疑義について触れておく。(中略)非常事態が万一あったとしても、血脈が断絶するようなことは断じてあり得ない。御本仏の下種仏法は金剛不壊である。法体たる戒壇の大御本尊は厳然としてましまし、金口の相承また厳然である。(中略)どうして途中で断絶するような方法をお用いあそばすであろうか。甚深の御仏智に深く信を取らなければならぬ。いかなる事態があろうとも、本宗の血脈はまた不断である。ちなみに現在、正信会に席を置いているか否かは知らぬが、久保川法章の戒壇の大御本尊と血脈についての所論のごときは、いまだ初学の慢心者が、学会憎しのあまりに血迷って吐いた大謗法の邪説に過ぎない。」(学会・宗門抗争の根本原因二二四~二二六頁)

「阿部管長憎しのあまり、そして池田大作を偉く見せるために、ついに下種仏法の命脈たる金口の相承までも学会は完全否定してしまったのであります。(中略)これを仏法破壊といわずして、何を仏法破壊というのか。これを大謗法といわずして、何がいったい大謗法でありましょうか。」(顕正新聞平成四年六月五日付)

「戒壇の大御本尊は一日として付嘱の人の空白ということがない。またこの付嘱に付随して「金口の血脈」もなくなることはない。」(顕正新聞平成五年一月五日付)

「何代・代を重ねようとも、また面授の儀式があろうとなかろうと、断絶もせず、色も替わらず、伝わるように出来ているんだ。これが御本仏の御仏智なのです。だから御相承の儀式のあるなしは、本質的には全く問題ない。断絶などはあり得ないのです。」(同)

と、第六十七世日顕上人への血脈相承を全面的に肯定し、しかも「御相承の儀式のあるなしは、本質的には全く問題ない」とまで述べているではないか。

しかるに汝は、

〝細井管長は昭和五十四年七月二十二日、御相承をすることも叶わず、急死した。この現証こそ御遺命に違背した罰である〟

〝このような相互不信の関係において、御相承のあり得るはずがない〟

などと誹謗する。
汝は、これらの言が、かつての汝自身の言に背くことが分からないのか。

まさに破廉恥な二枚舌としかいいようがない。

正信会・創価学会と同様の仏法破壊の邪言である。

日達上人は、昭和五十三年四月十五日、日顕上人に金口嫡々の血脈相承を遊ばされ、さらに創価学会問題に決着をつけられて、昭和五十四年七月二十二日、安祥として御遷化遊ばされた。

この日達上人の大慈悲の御化導に対し、
〝急死〟
〝罰〟
などと誹謗することは、人間としてもっとも恥ずべき不知恩の極みである。

さらに汝は、

〝嘘はどうしても露見する。――相承があったという「四月十五日」の二ヶ月後の六月二十九日に、総本山大講堂で全国教師指導会が開かれた〟


として、昭和五十三年六月二十九日に行われた全国教師指導会について云々し、日顕上人への御相承に疑義を呈している。

この全国教師指導会は、創価学会の『教学上の基本問題について』を宗内教師に説明することを目的として開かれた指導会である。この『教学上の基本問題について』(6・30)は、創価学会の教義逸脱についての「宗門からの指摘」に対する創価学会の反省・回答として作成され、発表されたものであるが、この内容はまず、同年六月二十七日、創価学会の第十回教学部師範会議において検討された。
その模様について当時の『聖教新聞』には、

「秋谷師範からは、宗門からご指摘のあった、教義上のことについて、学会としてまとめた基本事項の発表と、その趣旨説明がなされた。ひきつづいて会長中心に真剣に質疑応答があり、各師範の慎重な審議をへた後、全員が了承した。この内容については、近日中に、聖教新聞に掲載発表することになった。」(昭和五十三年六月二十八日付)

と掲載されている。

六月二十九日の全国教師指導会において日達上人は、

「学会から、今までの教義のまちがったこと、又言い過ぎた分について答が出ました。それを今日皆様の手元に配りまして、皆様の了解を求めたいと思う次第でございます。
だいたい、その答の線であれば、私も宗務院の方でも良いと思うが、皆様からその資料を集めたのですから皆様にそれをお渡しして、目に通して頂きたいと思いまして、今日御集合を願った次第でございます。
ただ今から教学部長が読みますから、どうぞお聞き取り下さい。」(大日蓮昭和五十三年八月号三三頁)

と、指導会の趣旨について述べられた。

つづいて日顕上人は、日達上人の命により「創価学会よりの回答」を読み上げられ、宗内教師に説明されたのである。

汝は、

〝席上、細井管長は活動家僧侶に対し、学会員を折伏して末寺の檀徒とする、いわゆる「檀徒運動」を公然と支持し激励した〟

というが、日達上人はこの指導会では、

「今後共、とにかく一応学会の人も日蓮正宗の信徒として、できるだけ私共と一緒になって広宣流布に向って進んでいく事が最も大切なことだと思います。又今迄どおり、諸君の所へ、学会のやり方が嫌でお寺についてきた檀徒は、どこまでも檀徒として大事に指導して守って貰いたいと思います。(中略)又お寺においても、学会員を無理矢理お寺の檀徒にするということはしない。これは学会との約束であります。これは守ってもらいたいのです。」(同四三頁)

と御指南された。
このように日達上人の御指南は、「檀徒を大事に指導せよ」「学会員を無理矢理お寺の檀徒にするな」「学会との約束を守れ」ということであり、

〝「檀徒運動」を公然と支持し激励した〟

というようなものではない。

このように、汝の言は、正信会の受け売りであり、まったく事実に反したものである。

なおこの指導会の最後に日達上人は、

「只今の回答では、まだ満足しない人があるだろうけれども、大体この線で了解を願いたいと思います。(中略)だいたい御了承願って、この回答を、これでよろしいことにして、こちらも雑誌に出しますから、学会でもこの通りに発表してもらいたいと思います。」(同四五頁)

と仰せになっている。

このようにこの回答は、日達上人の御承認と教師指導会の出席僧侶の賛同を得て、翌六月三十日付の『聖教新聞』に、「教学上の基本問題について」として掲載された。このことは、同日付の『聖教新聞』にも、

「去る二十七日の第十回師範会議において、宗門から指摘のあった教学上のことについて、学会としての基本問題を審議し以下のようにまとめ、発表されました。なお、この内容については、御法主日達上人猊下のご認可を賜っております。」

と記されている。
汝は

〝集会終了後、汝は直ちにこれを学会に通報した〟

とするが、当時教学部長であられた日顕上人は、教師指導会の結果をふまえ、「教学上の基本問題について」の日達上人の御承認と宗門の決定を創価学会に伝えるべきお立場にあられたのである。

〝学会に通報した〟

などというものではない。
日顕上人が指導会の結果を学会に迅速に伝えなかったら、翌日付の聖教新聞紙上に「教学上の基本問題について」を掲載し発表することはできなかったのである。

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おいおいたばかり昭衛さ~ん

どうなってんの~

適当なこと言ってんじゃないよまったくぅ
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2010-12-28 : あっつぁの顕正会体験記 : コメント : 0 :
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プロフィール

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Author:あっつぁ
もと顕正会男子部支隊長だった
あっつぁ と申します

破折ブログと言うよりは
顕正会の内情暴露のブログですので
現役会員も元会員もアンチ顕正も
肩肘はらずテキトーにご覧ください

そして全員で顕正会の内部を暴露して参りましょう
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