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〝「御遺命破壊」についての反論を破す〟との詐言を破折す15

また汝は、

〝日本は三大秘法有縁の妙国であれば、仏法守護の本有の王法が久遠より存する。これが皇室であり、別しての「王法」である〟

と主張する。
しかし現実には天皇は、古代国家の専制君主の時代から、鎌倉・室町・江戸という封建時代の公武二元体制を経て、明治・大正・昭和の戦前まで立憲君主となり、現在は国の象徴となっている。

このように、時代によって天皇の立場には変遷があった。それは今後もあらゆる可能性を含みつつ、時代とともに推移していくのであり、将来の姿は全く予想がつかないのである。

大聖人が天皇を国主とされることは諸御書に見られるが、『下山御消息』には、

相州は謗法の人ならぬ上、文武きはめ尽くせし人なれば、天許して国主となす。(新編一一四九頁)

と述べられて、執権北条氏を国主とされている。

これは国政における当時の実権が北条氏に存したからであり、その実情に即した御見解である。このように国主とは国政における実力者を指す意義が拝せられる以上、王法の見解も国主の在り方に即して拝考すべきである。

要するに国主や王法は時代によって変遷するものであり事相に属するのである。

しかるに、広宣流布・戒壇建立の御遺命は有為転変する事相の中で成就すべきものである。

大聖人御在世の封建社会と、今日の民主主義社会とでは、社会情勢が異なるように、将来どのような社会情勢になるのか、予断を許さないのである。

また、大聖人および御歴代上人の封建社会に関する御指南や理論を、ただちに今日の事相に当てはめて論ずることはできない。

たとえば大聖人や御歴代上人は広宣流布を願って申し状を奉呈され、天皇の帰依を願われたが、その意義および精神の顕現は、今日においては国民一人一人に対する折伏をもって成就すべきものであるといえる。

このように、下種仏法における全ての法門の解釈および実践は、今日の事相に当てはめてみる場合、時の血脈付法の御法主上人の御指南によらなければ、還って大聖人の御本意と大きな乖離をきたすのである。

日顕上人は、未来における御遺命の戒壇建立について次のように御指南されている。

御本仏大聖人様が最後に御遺誡また御命題として我々にお残しくださった『三大秘法抄』『一期弘法抄』の「戒壇」の文については、軽々にああだこうだと言うべきではないと思います。もちろん今、ある時点を予測して考えれば、こうともああとも色々なことを言えるけれども、将来どう変わるかということは本当に判りません。
だいいち、日本の現在の民主主義の形だって、憲法だって、将来どう変わるか判らない。だから、そんなことに関して今、どうのこうのと具体的な形で言う必要はないのです。
一番最初に言ったように、戒壇というのは事相だということを、大聖人もおっしゃっておりますように、事相なのだから、実際の相というものはその時でなければ明確性が顕れません。よって『三大秘法抄』『一期弘法抄』の戒壇ということは、まさにその時が来た時に、本門戒壇の大御本尊様を根本と拝しつつ、その時の御法主がその時の実状に即した形で最終の戒壇を建立するのだと、私どもは信ずべきであると思うのであります。(大日蓮平成十六年十二月号五五頁)

つまり、汝の如く『三大秘法抄』の御指南をあれこれ解釈しても、広宣流布の事相、そのときの社会情勢、そしてその時、戒壇建立をどのように行うべきか、それらを予め断定しておくことなどできないのである。

汝のように独断と偏見で御書を曲解し、御書の御文がこうだといって血脈付法の日顕上人に楯突くことは、宗祖大聖人に対する師敵対の謗法である。

日顕上人が御指南される如く、戒壇建立は事相に約しての問題である。大聖人・御歴代上人の御指南の文義意、事相等の全てを通観し、大聖人の御意のままに、時に応じた御指南を下されるのは「本門寺の戒壇建立」の御遺命を付嘱により奉じておられる御法主上人以外にはおられない。

本宗の奥義は血脈相承によって伝承されている。
この根本の御相伝に対する信心なくして正解はあり得ないのだ。

汝はそれを深く肝に銘じ、大聖人の御意を軽々に論ずるその増上慢を猛省せよ。

さらに汝は『三大秘法抄』の御文を解釈し、種々述べている。
まず

戒壇とは、王法仏法に冥じ、仏法王法に合して(新編一五九五頁)

の御文について、

〝国家が宗教の正邪にめざめ、日蓮大聖人の三大秘法こそ唯一の衆生成仏の大法・国家安泰の秘法と認識決裁し、これを尊崇守護することである〟

と主張する。
しかし仏法を持つのは、あくまでも王法の当事者としての正報たる能持の人であって、能動の主体者である。
それに対し、依報たる国土や国家機構は所動の客体であって、こちらに仏法の受持をあてはめるのは誤りである。

また汝は、

〝国家が日蓮大聖人の正法にめざめれば、これを国家の根本の指導原理、すなわち国教として用いるのは当然〟

と主張するが、国教を目指すことは、憲法改正に主眼を置くこととなり、必然的に宗教次元を超えて憲法論議に進む愚論である。
宗教者が法律改正に拘泥するなど愚の骨頂である。
我々は日本国民として遵法精神を堅持するとともに、宗教者としての襟度を持って布教に邁進すべきなのである。

つづいて汝は、

王臣一同に本門の三秘密の法を持ちて、有徳王・覚徳比丘の其の乃往を末法濁悪の未来に移さん時(新編一五九五頁)

の御文について、

〝日本国本来の国主たる天皇も、国政の衝にある各大臣、そして全国民も、一同に本門戒壇の大御本尊を信じて南無妙法蓮華経と唱え奉り、この大御本尊を守護するにおいては、有徳王・覚徳比丘の故事のごとくの身命をも惜しまぬという護法心が一国にみなぎった時──と仰せられる。大聖人はかかる国家状況が、末法濁悪の未来日本国に必ず現出することをここに予言・断言され、かかる時を、戒壇建立の「時」と定め給うておられる〟

と主張する。

戒壇建立の「時」については、一国広布の暁と拝信するものであるが、汝はこの「時」の様相を、

〝かかる国家状況〟

云々と断定的に論じている。
しかし広宣流布は事相である故に、凡眼をもって断定することはできないのであり、汝の論は、まさに「不毛の論」というべきである。

また汝は、

勅宣並びに御教書を申し下して(新編一五九五頁)

の御文について、

〝まさしく国家意志の公式表明〟

等と主張する。
この「勅宣・御教書」等については、

「3、〝三、「国主立戒壇」の誑惑〟との邪言を破す」の項中(本書七九頁)に述べる。

さらに汝は、

霊山浄土に似たらん最勝の地を尋ねて戒壇を建立すべき者か(新編一五九五頁)

の御文について、

〝日興上人は広漠たる富士山麓の中には、南麓の「天生原」を戒壇建立の地と定めておられる。天生原は大石寺の東方四キロに位置する昿々たる勝地〟

と述べる。そしてこの

〝天生原〟

が汝によれば天母山となる。

戒壇建立の勝地が大石寺であることは当然のことである。
その理由のひとつとして、『富士一跡門徒存知事』に、

駿河国富士山は広博の地なり。一には扶桑国なり、二には四神相応の勝地なり。(新編一八七三頁)

とあるように四神相応が挙げられる。

第五十九世日亨上人はこの四神相応を検討されて、

ここの地は、河合よりやや朗開せるも、半里をへだつる大石が原の景勝にしかず。ただちに富嶽を負い駿湾をのぞみ、一望千里曠宏たる高原にして、なお原始の処女林あり。加うるに大道あり河沢あり、四神相応の霊地なり。(富士日興上人詳伝二四一頁)

と、大石寺が四神相応の霊地であるとの判断を下されていることは汝も知っているはずである。

ところで、妙信講はかつて、

下条より約半里ほど離れた北方に大石ヵ原という茫々たる平原がある。後には富士を背負い、前には洋々たる駿河湾をのぞみ、誠に絶景の地であり、日興上人はこの地こそ、本門戒壇建立の地としての最適地と決められ、ここに一宇の道場を建立されたのである。
かくて、日興上人は弘安二年の戒壇の大御本尊をここに厳護されると共に、広宣流布の根本道場として地名に因んで多宝富士大日蓮華山大石寺と号されたのである。これが日蓮正宗富士大石寺の始りである。
(富士昭和三十九年九月号二三頁)

と述べている。
この言は、現在の汝らの主張とは百八十度異なったものである。まさに矛盾撞着、自語相違そのものではないか。

■■■■■■■■■■

まさに白を黒という詭弁

メタボのインチキぶりは過去の発言を隠して今の話題にすり替えることなんですよね

そして今の発言すら五年後位には嘘になり、更なる話題を作る

はっきり言って浅井はペテン師です
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2010-12-23 : あっつぁの顕正会体験記 : コメント : 2 :
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Re:
サトー「ますぶちコノヤロ~!あぁっ?オメ~の今日のブログはよ~!なにつまんね~更新してやがるんだ~っ!あぁっ?なにい~っ?ネタがねえだあ~っ?ダリ~だあ~っ?あぁっ?そういう時はよ~!俺様を讃えりゃいいんだよ!俺様の偉大さをよ~っ!あぁっ?ますぶちオメ~はよ~!俺様を讃えたくね~んかよっ?俺様を全国区にしたくね~んかよっ?女子から見た俺様の萌えポイントとかのネタはね~んかよっ?あぁっ?ついでによ~!法子ちゃんはナニゲに超ミニスカで萌えるとかのネタがあんだろ~っ?あぁっ?じゃ、こっからしっかり頼んます!」
2010-12-23 22:51 : ポテンヒット URL : 編集
Re:
今日は賞金王決定戦でしたが、残念ながら濱野谷はスタート遅れてまくられちゃったね。一号艇で固いと思ったけど、F持ちのSG一号艇はプレッシャーかかるんでしょうね。
中島孝平選手、賞金王おめでとう!
2010-12-23 21:33 : 竜艇太郎 URL : 編集
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プロフィール

あっつぁ

Author:あっつぁ
もと顕正会男子部支隊長だった
あっつぁ と申します

破折ブログと言うよりは
顕正会の内情暴露のブログですので
現役会員も元会員もアンチ顕正も
肩肘はらずテキトーにご覧ください

そして全員で顕正会の内部を暴露して参りましょう
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