スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
-------- : スポンサー広告 :
Pagetop

〝「御遺命破壊」についての反論を破す〟との詐言を破折す13

a〝(一)三大秘法抄を拝し奉る〟との慢言を破す

汝は当項で、

〝三大秘法抄を拝し奉る〟

として、日顕上人が教学部長時代に著された
『国立戒壇論の誤りについて』
のお示しを批判しつつ、独自の解釈を述べるが、後に詳しく述べる如く、汝の主張は全て己義我見である。

汝の許されざるところは、正義として述べられた
「国立戒壇の破折」
と、日顕上人が後に訂正を仰せ出された
「慰撫教導の教示」
の両方を混同して、
『国立戒壇論の誤りについて』
の全てを非難していることである。

ここでいう「慰撫教導の教示」とは、当時として正本堂を『三大秘法抄』『一期弘法抄』の戒壇になぞらえて解釈されたことである。
それを汝は日顕上人が国立戒壇を否定するために解釈したとして、悪し様に罵るのであるが、全く無慙無愧というほかない。

即ち日顕上人は、

「四十七年四月二十八日に、日達上人は妙信講への色々な回答等の意味も含めて、正本堂の全面的な定義をお示しになったのであります。その「訓諭」に「正本堂は、一期弘法付嘱書並びに三大秘法抄の意義を含む現時における事の戒壇なり。即ち正本堂は広宣流布の暁に本門寺の戒壇たるべき大殿堂なり」(大日蓮・昭和四七年六月号二㌻)
ということを仰せであります。
このなかの「本門寺の戒壇たるべき大殿堂」というところが、また一つの解釈があるのです。「たるべき」ということは、そうであるべきということにおいては、現在はその意義を含んでいる建物だけれども、広布の時にはその建物がそのまま『一期弘法抄』の本門寺の戒壇になるのだという解釈と、そのようになるべく願望しておるところの意味との二つの解釈があるのです。つまり「本門寺の戒壇たるべく願うけれども、未来のことは判らない」という意味が、そこには含まれておるということなのです。」(大日蓮平成十六年十二月号三七頁)

と日達上人の訓諭について御指南されている。
つまり、日達上人の訓諭には当時の僧俗の、「正本堂が未来に御遺命の戒壇たるべき」という願望を慰撫教導される意味があったのである。

すなわち日達上人の御意は
「正本堂を御遺命の戒壇となるべく強く願望し、宗内僧俗一同、いよいよ折伏弘通に励むべし」
というものだったのである。

日達上人は、当時のめざましい広布進展の状況や、正本堂を御遺命の戒壇とせんと熱望し、御遺命達成のために折伏弘通に邁進しようと燃え立つ僧俗の志を、非常に大切に思われたのである。

そして僧俗一同の気持ちを守り、慰撫教導されたのが、昭和四十七年四月二十八日の訓諭であり、その訓諭を受けて日顕上人は、
『国立戒壇論の誤りについて』と『本門事の戒壇の本義』を著されたのである。

日達上人・日顕上人の仏法の慈悲を旨とされた慰撫教導の御指南を、汝ごときが邪難することは到底許されないのである。そのことをまず念告する。

■■■■■■■■■■■

何度も言うけど、その時の日達上人の訓諭に従ったのはどこのメタボですかね

それで納得したのはどこのメタボですか

お~い、大宮のメタボ君

キミだよキミ

スポンサーサイト

2010-12-22 : あっつぁの顕正会体験記 : コメント : 0 :
Pagetop
コメントの投稿
非公開コメント

Pagetop
« next  ホーム  prev »

プロフィール

あっつぁ

Author:あっつぁ
もと顕正会男子部支隊長だった
あっつぁ と申します

破折ブログと言うよりは
顕正会の内情暴露のブログですので
現役会員も元会員もアンチ顕正も
肩肘はらずテキトーにご覧ください

そして全員で顕正会の内部を暴露して参りましょう
http://kensyokameido9.blog50.fc2.com/

最新のコメント

あっつぁ集会総参加人数

検索フォーム

QRコード

QRコード
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。