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「法主絶対論」等の欺瞞を破す〟との誑言を破折す10


また汝は、当時妙信講(現顕正会)の正本堂御供養の事実経過について、

〝顕正会のこの供養参加に対し、池田の傀儡となっていた法華講連合会が、「妙信講にはさせない」と騒ぎ出し、本山をも動かした。かくて顕正会の赤誠の供養は、無残にも本山から突き返されたのである。この背後に池田の意志があったことはいうまでもない。彼の目には、全宗門僧俗が己れの威を恐れ随う中に、ひとり正本堂を事の戒壇といわぬ顕正会の存在が目障りに映ったに違いない。そこで「法主の意」として供養金を突き返し、その衝撃で顕正会を窒息死させようとしたのである〟

と述べている。

しかし汝は、かつて、

「妙信講が御供養参加を打ち出すと、連合会が騒ぎだした。〝させない〟というのである。平沢益吉は「連合会に加わらぬ妙信講の供養などは宗門で受け付けるはずがない」と豪語していた。(中略)平沢会長を〝信仰の確信もなき指導者〟というような講中からは供養は受け取れない」
(富士昭和六十一年八月号『顕正会「試練と忍従」の歴史』五六頁)

と、妙信講の正本堂御供養を宗門が受け取らなかった理由については、妙信講が連合会に加入せず、平沢会長を中傷したからだと述べていた。

にもかかわらず、汝は今回、その理由を

〝正本堂を事の戒壇といわぬ顕正会の存在が目障りに映った〟

からだという。
自語相違は明らかである。

昭和四十年当時の汝は、先に重々示したように、正本堂の意義に賛同していたのである。
それをいまさら、その当時においても、賛同していなかったかのように言うのは大なるたばかりである。

まして、様々な経過があったにせよ、結局は、汝ら妙信講の願いにより、昭和四十四年三月に御供養が受理されているにおいてをやである。

■■■■■■■■■■■

でた~メタボお得意のすり替えだ~

メタボが慢心して、自分が指導されるのが嫌なもんだから連合会に加入しなかっただけじゃん

自分を中心としたピラミッドを作りたかったからこそ、目の上のタンコブが邪魔で、法道院主管に反発し、連合会に反発し、妙縁寺の住職を指導教師として仰がずに、やりたい放題やってだけじゃん

そんなワガママなやつの供養なんか、普通に受けたくないっつ~の

勘違いしなくていいから

池田、関係ないから

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2010-12-16 : あっつぁの顕正会体験記 : コメント : 1 :
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Re:
1番(^O^)
2010-12-16 17:13 : 浅井SHOEI URL : 編集
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Author:あっつぁ
もと顕正会男子部支隊長だった
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