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センセイは堀日亨上人の富士日興上人詳伝を引用するんだけど顕正会版で発刊できない理由があるんだよなぁ~

20080807190207
センセイはよく堀上人の富士日興上人詳伝を引用するんだけど、確かにあの本は凄いんだよなぁ~。プレミアが付きすぎて、神田の古本屋へ行っても2万は下らない書籍だからなぁ~。センセイも六巻抄のように顕正会版で発刊したいんだと思うけど、ど~しても発刊できない理由があるんだよなぁ~。
それは『堀上人の長年の研究によって、大坊棟札本尊の裏書きが後世の作り物である事が判明した事と、天母山戒壇説は後世の作り話しという事が判明した事が詳しく書いてあるから』なんだよなぁ~。
考えてみれば、堀上人以降の猊下で、天生原や天母山と発言した猊下は1人もいないんだよなぁ~。顕正会が頼りの日淳上人ですら、全集を隅から隅まで見ても載ってないし、日開上人全集にも載って無いんだよなぁ~。センセイがよく天生原について引用される猊下は56世の日應上人(日応上人)のなんだけど、57、58世では直接な言葉は無いけど、天母原とニュアンス的には残っていたんだよなぁ~。(各講発刊の書籍にあり)
しかし59世の堀上人になってバサッリ斬られたもんだから、それ以降は影を潜めたんだよなぁ~。だからその後に誕生した妙信講(顕正会)だから、当然宗門に在籍していた頃は天生原、天母山、天母原なんて一言も言って無かったんだよなぁ~。「富士大石寺こそ戒壇建立の霊地」「大石ヶ原こそ国立戒壇建立の地」と言っていたんだよなぁ~。それがいつしか要法寺の左京日教が用いたと言われる天生原戒壇説を持ち出してきたんだよなぁ~。しかも堀上人の破折には一切答えてないもんなぁ~。これが会員の目に触れられたら困るもんなぁ。だから発刊したくても発刊できないんだよなぁ~。そんで都合の良い部分だけを切り出しては、「ホレ、堀上人も御開扉はいけないと言うてるじゃないか」「ホレ、堀上人も国立戒壇と言うてるじゃないか」と、持ち出してくるんだよなぁ~。
センセイ、どうせならその天生原破折のページだけをカットして、発刊したらどうかなぁ~。会員の教学研鑽の為にもなるからなぁ~。後で会員にバレたら大量の脱会者がでるかもしれないけど、側近がまたヨイショしてくれるから大丈夫だぁ~。
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2008-08-07 : あっつぁの顕正会体験記 : コメント : 0 : トラックバック : 0
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