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浅井口舌の徒決定まで残り2ヶ月!



 
 
 
 
嘗て集会で
 
 
 
よく城衛はこう言っていた
 
 
 
「センセーは口舌の徒を嫌われる。」
 
 
 
 
だから口舌の徒にならぬようしっかりと勧誘しろというのだ
 
 
 
 
 
城衛よ、信者の心配など無用である
 
 
 
 
その前に
 
 
 
 
キサマのオヤジを指導したらどうか
 
 
 
 
 
 
偽本尊作成の常習者を諫めもせず
 
 
 
 
 
信者を騙して大金を巻き上げる浅井昭衛に荷担し続けるのであれば
 
 
 
 
 
日本が滅ぶ前に城衛の身が滅ぶということを通告しておく
 
 
 
 
 
 
そして何度でも言おう
 
 
 
 
 
 
顕正会の祀る日布上人の大幅形木本尊は年代とともに進化する偽本尊であると
 
 
 
 
 
もし昭和50年頃に松本日仁氏より一括して頂いたというのであれば
 
 
 
 
この進化を説明せよ
 
 
 
 
 
1、何故平成四年(上尾事務所)まで1幅たりとも表に出さなかったのか
 
 
 
2、何故平成四年から平成九年(名古屋事務所)までファーストタイプの本尊なのに、平成十年の小田原会館からセカンドタイプになったのか
 
 
 
 
3、何故平成十九年から今に至りサードタイプの焦げ茶枠の本尊になったのか
 
 
 
 
 
松本日仁氏は
 
「日布上人の本尊は平成四年まで表に出すな」
 
 
 
とでも言ったというのか
 
 
 
松本日仁氏は
 
 
「平成四年から九年はファーストタイプを祀れ」
 
 
とでも言ったというのか
 
 
 
 
松本日仁氏は
 
 
「平成十年からセカンドタイプ、平成十九年からはサードタイプを祀れ」
 
 
 
 
とでも言ったというのか
 
 
 
 
 
昭和50年と言えば今から37年前であるが、妙縁寺に秘蔵されていた年数(本尊を著された年は大正五年)と合わせも最低50年以上前の本尊なのに、新品同様の真っ白というのはどういうことなのか
 
 
 
 
学会発行の折伏教典という昭和40年前後に流行った書籍があるが、あれとて新品同様に真っ白のページなどあるわけがない
 
 
 
 
 
更に言えば今現在顕正会が所持している布師・寛尊の本尊は千幅以上存在しているが(各会館には御他持ち用と称するものも2~3幅秘蔵している)
 
松本日仁氏はそんな大量の本尊をどうやって妙縁寺から持ち出し、どうやって浅井に託したというのか
 
 
 
 
新聞紙にくるまれた大金云々は作り話しである(本来は通帳を親族から奪い取った)ことが判明しているが、本尊の話しも浅井の作り話しなのは明々白々である
 
 
 
顕正会はこれを説明できない限り、永久に偽本尊と言われ続けるしかない
 
 
 
 
偽本尊を拝めば功徳がないのは当然である
 
 
 
 
 
国を救う前に、まず
 
 
 
 
 
 
自分が救われてみてはどうか
 
 
 
 
 
この法戦に負ければ本年は前代未聞の全敗で終わる
 
 
 
 
 
この事実こそ、諸天の加護無き団体の実態であると知るべきである
 
 
 
 
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2012-11-25 : あっつぁの顕正会体験記 : コメント : 15 :
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プロフィール

あっつぁ

Author:あっつぁ
もと顕正会男子部支隊長だった
あっつぁ と申します

破折ブログと言うよりは
顕正会の内情暴露のブログですので
現役会員も元会員もアンチ顕正も
肩肘はらずテキトーにご覧ください

そして全員で顕正会の内部を暴露して参りましょう
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